「B Corp」はみんなでつくるもの:バリューブックス・鳥居希に聞く「あたらしい会社」が求められる理由
2020年1月からスタートする「B Corpハンドブック翻訳ゼミ」。同ゼミでファシリテーターを務めるのは、B Corp認証取得を目指して4年前から活動してきたバリューブックスの鳥居希と黒鳥社福祉センターの若林恵だ。外資系証券会社にいた鳥居は、なぜB Corpと出合ったのか。そして翻訳チームを公募するに至った背景とは? サステナビリティやESG投資という言葉が踊るいま、鳥居が考える日本でムーブメントを起こす方法を若林がたずねた。
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若林恵(以下、W):鳥居さんは2016年にバリューブックス(以下、VB)のメンバーとアメリカに渡航され、B Corpの認証を行なうB Labのサンフランシスコオフィスやパタゴニアなどの企業を視察されたんですよね。そもそもですが、それは何が目的だったんですか。
鳥居希(以下、T):実際にB Corpの認証を受けた企業、そしてB Labを見て、話しを聞くことが目的ではありましたが、自分たちの課題感としては「一貫性」をもとめるピースを探しに行ったようなところがありました。当時から、本でNPOなどに寄付を行なう仕組み「チャリボン」や本が必要な人に古本を届ける「ブックギフト」など、社会に貢献する取り組みを行なっていましたが、包括するピース、全体のなかでの指針が欲しかったんです。
W:指針がないとまずい、という危機感があったんですか。
T:自分たちでは、やっていることには一貫性があると思っていました。ただ、すべて自分たちの基準で考えていたので、進んでいる方向が間違っていないかどうかが知りたかったんです。たとえば、VBは基本的にオンラインで買い取りと販売をする商売なので、社会との外向きの接点が少なかった。
だからブックギフトというプロジェクトを立ち上げて、保育園や老人ホームに本を贈って、つながりをつくりたかったんです。そんな取り組みが多くなってきたときに、自分たちの尺度以外で取り組みを測って、そこに価値があるのかを把握したいと思っていました。
W:帰国してからは、どのようにB Corpの取得に向けて動いていったんですか?
T:まずは最初のアセスメントを一通りやってみて、少しずつ改善してから申請をしようということになりました。まず最初は、環境の領域ですね。「何から生まれたエネルギーをつかっているか」とか、「事業のなかでのCO2排出量を計測しているか」といったことです。VBだと配送による環境負担が一番大きい。配送業者ごとに、距離ごとのCO2排出量の理論値があるので、それを使って計算をしはじめました。
最初のレポートは2016年の年末にできたんですが、当時は専任のスタッフがいたわけではないので財務関係の仕事や、組織形態の変更などに追われて、あまり動けていなかったのが正直なところです。去年の年末くらいから8人くらいのスタッフでチームを組んで、業務の一部の時間をこのプロジェクトに充て、手分けしながら申請に向けて進めています。
つながりが導いた「古本屋」
W:鳥居さんはモルガン・スタンレーにいらっしゃったとお伺いしました。文学部卒とのことですが、もともと経済に興味をおもちだったんですか?
T:新卒でモルガン・スタンレーに入社しました。たまたま、大学の掲示板で説明会のお知らせを見たのがきっかけというくらい、いわゆる「経済」とは無縁な学生でした。怒られそうですが、むしろ勉強するいい機会だなと思っていたくらいです。
W:その後、どういった経緯でVBに入社されたんですか?
T:じつは2013年ごろに、リーマンショックの影響によるリストラで退職しまして……。そのあと1年くらい東京で働いていたんですが、もともと地元の長野に戻りたいという気持ちがあったので、2014年11月に上田に戻りました。
当時から上田にはコワーキングスペースがあって、移住してきたデザイナーやプログラマーの方たちがいたんです。自分も事業をつくろうと思って、そこに通っていました。ただ、他の人と違って自分には手に職がない。相談したり勉強しているうちに、VBと出合ったんですが、実は創業者の中村大樹は、親同士の職場が同じで幼なじみだったんですよ。
30年以上ぶりの再会だったんですが、イベントなどを手伝わせてもらっているうちに、VBが目指している世界観を知りました。本の時空を超えた価値を信じて、社会をよくすることに全力をつくしている人たちが長野にいたことに驚きました。
証券会社時代に、人のお金や経済に対するパワーを目の当たりにして、ぼんやりと「この力を社会をよくすることに、より生かせないかな」と考えていたんですよね。VBのことを知っていくなかで、この会社を通じてそれができるのではないかと思うようになりました。そこに自分もコミットしてみたいと思ったのが入社のきっかけですね。
W:VBでは、2010年の段階で先述の「チャリボン」など、ソーシャルグッドなプロジェクトが立ち上がっていました。そもそもB Corpの認証をとろうという話は、どう始まったんですか?
T:長野に戻って起業を考えている段階で、わたし自身がインパクト投資やB Corpといった仕組みに興味をもっていました。認証を行なう組織である「B Lab Japan」を立ち上げるという起業のアイデアもあったんです。だから入社したときに、VBがB Corpを取得しているアウトドアメーカーのパタゴニアや、本の流通を扱うベターワールドブックスなどをベンチマークにしていると知ったとき、「つながった」と思いました。それが2016年のアメリカへの視察旅行の背景です。
日本のB Corpムーブメントという可能性
W:いま、実際に申請を進められているとのことですが、一番大変なのはどんなところですか。
T:アセスメントを行なうときに使っているのは、内閣府の「社会性評価・認証制度に係る調査・実証事業」を通じて日本語に翻訳された評価ツールです。ただ、日本にはない概念や慣習、法律が存在していて、一読してもニュアンスが入ってこないものがあったりするんです。それをどう解釈してスコア化するのか、相談するのに時間がかかりますね。
たとえば、社員への給与をスコア化するときの基準として、生活賃金(Livinig Wage)という言葉がでてくるとします。これは個人や家族が、家や食事、ヘルスケアなどのすべてで一定の水準以上の生活が送れる給与の基準のことです。日本には法的に定められたミニマムの時給である最低賃金という規定がありますが、これとは微妙に違うんですね。この問題を解決するためには、海外の事例を探したり、社内で何が正しいのかを議論して決める必要が出てきます。
W:そこまでのコストをかけて、B Corpを取得するメリットはなんなのでしょう。
T:抽象的な話ですが、いま「自分だけよい」では生きていけない世界になる動きが加速しているように感じています。公衆衛生もそうですが、COVID-19の感染拡大はどうあがいても世界はつながっているという事実を突きつけてきたような気がするんです。そういったことを考えると、企業が健全に業務を遂行していくために、B Corpの基準が利用できるような気がしています。
あと、もともとわたしがいた金融の分野でも、ESG投資など、自社以外のステークホルダーに価値を提供している企業にお金が集まるようになりつつあります。さらに、投資を受けても自分たちのミッションがゆがまないようにB Corpという仕組みが生まれたという背景もあります。株主の短期的な利益以外の価値を優先する仕組みが備わっていることは、先が見えないいまの時代にこそ重要になってくるはずです。
W:『The B Corp Handbook』を翻訳するプロジェクトでは、一緒にB Corpについて学びながら翻訳してくれるメンバーを公募することになりました。そこで参加者は、B Corpをどう学んでいくことになるのでしょう。
T: B Corpのことを学ぶなかで、世界各国でのムーブメントの起こり方が微妙に違うことに気づきました。たとえば、中国だと寄付やフィランソロピーに力を入れていた人たちが中心になっています。イタリアで開催されたB Corp関連のカンファレンスでは、聖職者のようなスピリチュアルリーダーの力が必要だという議論がされていました。一方台湾だと、産官学の連携から生まれるソーシャルイノベーションに焦点が当たっていたり……。
日本の場合どのような力学で、この運動が進んでいくのかは、わたしもまだわかっていません。もしかしたら、昔からいわれている「三方よし」のような考え方に立ち戻るかもしれません。もしくは、先ほど申し上げたように、日本にない概念を日本に適応した言葉に置き換えていく作業で、「辞書にない言葉」をつくることになるのかもしれません。
だからこそ、翻訳者を公募して、みんなで「あたらしい会社」について考えてみたかったんです。『The B Corp Handbook』を翻訳するためには、実際に事業に携わっている人の感覚が不可欠だと思います。そして、これは答えがある作業ではないんです。
どうなるかまだわからないことも多いですが、日本でのB Corpを考えながらつくっていく貴重な機会になるのは間違いないと思います。そしてここで生まれた言葉から、日本のB Corpムーブメントが生まれるといいなと……。VB自体もまだB Corp認証の取得が完了したわけではないので、わたし自身も学ぶ立場です。一緒に「あたらしい会社」について考えてもらえる人とお会いできるのを楽しみにしています。
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テキスト:矢代真也(SYYS LLC)/ 写真:大熊裕幸(バリューブックス)